うつは人を変えるのか?人生観の変化

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自分自身を振り返りつつ、結論から

 私は、うつになって全部とは言いませんが、かなり変わったと思います。あ、症状や薬の副作用による「変調」というものではなく、人生観的なものです。
 それまでのサラリーマン生活の中で「成果」を上げるために精一杯働いていました。これはこれで、今でも良い経験を積んだと思っています。ただ、そんな生活も成果も、今は全く興味がありません。無気力から興味が湧かないのではなく、私の人生で健常だった頃に挙げた成果をまた引き続き挙げようと思わないのです。
 他社に負けないように外資社員だったころは、本社や開発にコネクションを張って交渉したり、開発会社さんにお願いしてソリューション開発をしてみたり。なんて事をやっていましたが、前回も書いたように、これが影響してうつになってしまったことが影響している。という面は確実にありますが、それ以上に「負けない」と言う意地で働いていた部分が強く、メールには素早いレス、夜遅くでもメールが入れば基本はリプライしながら資料を作り、部下や開発会社さんの資料をチェックしたりしたのも「負けない」と言う意地からでした。誰に意地を張っていたのかと言えば「自分の弱さ」です。

自分の弱さを見せたくなかった

 結構な劣等生として中学時代を生き抜き(😁)、その影響もあって「自分ができること」は誰にでも出来ること。だから、人一倍の努力をしないと仕事が成立しないと思いこんでいました。と同時に弱さを露呈してしまう事に恐怖もあったのでしょうね。だから「うっちーさん、これいつまでに出来る?」と聞かれれば「いつまでに必要ですか?」と聴いて「明日の午後に受け取れると嬉しい」と言われれば、徹夜上等!です。金曜日の夜に「月曜日の打ち合わせで出す資料」として、お客様から送られてくると土日に目を通して、補完するような情報を日曜日の深夜に送っておく。というのが当たり前でした。これを一度、やらずにお客様から怒られたこともあります(😁)。「やれる事は精一杯やらないと、自分の負け」だと思っていましたし、それが弱さを露呈することだと思っていたのです。IT業界、結構、マウント取ってくる人が多いのでマウント除けには必要なスキルになっていましたね。

意地を張らなくなって

 心が折れて、クリニックへ行き、即「休職」を言い渡された時、暫くは「仕事のこと」を考えていました。無理やりアサインされたプロジェクトの事や、ポシャった案件の事。「迷惑を掛けてしまった」「ここで一踏ん張りすれば、案件を復活させられるのに」とかですね。でも、休職が長くなるにつれ、こういった思いが徐々に外れます。「あー予定通りならプロジェクトは完了しているはずだし、もし遅延していても、それはプロジェクト管理の基礎として『離脱者の責任』には出来ない時期だなぁ」とか「ここまで時間が経つと、案件復活は厳しいな」とか、いわゆる仕事(タスク)に対する責任意識が薄まってきます。それ以前から、比較的…職場でハブられる事も多く(中途採用者が少ない環境だったし、どうも『外資出身』という事で偏見?異物感があったようです)、職場の同僚に対する贖罪の意識は無かったのは幸いだったかもしれません。また、案件自体もポシャった事から、再興させようとするには会社の承認が必要になります。再興させるか、どうかは私一人の動きでは如何ともし難い訳です。
 そうなると「意地を張る」と言う必要が仕事の中では無くなっていました。うつと診断される直前まで「仕事を一生懸命やっていても、どうにも動かない」と自分の意地を潰すような自分の思考能力や集中力の低下に苦しんでいたのも、この意地のお陰だった訳で仕事に意地を張る必要が無くなったと言う事実に気づいたのは、私にとっては大きなことだったように思います(一般の社会人なら「無責任!」と言われるかもしれないのですが、休職中に仕事に責任は持てませんよね😁)。
 そして、これに気づくと「何で俺って自分に意地を張っていたんだろ?」となります。これも良いことかとなると、ちょっと違って…「虚脱感」が出てきます。「俺の社会人人生って何だったんだろ?」って感じですね。丁度、急進期の終わりぐらいの時期だったかと記憶しています。社会人になってからも引きずっていた「劣等生根性」で、なんとか難しい仕事も完成させてきたのに、それが自分を壊していた。それに意地を張っていたのに、その結果が「おわた」かという感じですね。とても、キツかったですね。

それで気づいた事

 ここから、回復期に入って行けたのはラッキーだったのでしょう。この「ガックシ」と言う状態から「意地を張るってことで得たものもあるけど、自分を壊してはダメな事なんだよね」と言う事に気づいた感じです。意地を張らずに行こう。そして、劣等生根性は大事だけど(今やっているボランティア活動だってズブの素人でやっていますから)、それを「意地」で強化するのは止めよう。と。
 出来るだけフラットに、出来るだけ腹を立てずに。と。
 これ、かなり自分としては人生観を変化させていると思っています。
 これに気づいてから、今を大切に。先々の心配よりも、今出来ることをやろうと言う気になっています。もし、意地になっているとすれば、このサイトを維持(意地…の洒落じゃないですよ💦)すること、そしてボランティアでやっている会社に採用されるように自分を回復させていくことですね。
 うつ病になって失ったものは大きいでしょうね。別に分析して事ないですが、少なくとも注意力や集中力、記憶力なんかは顕著なので判りますが。でも、失ったものは仕方ない。もしかしたら戻ってくるかもしれないし、戻ってこないかもしれない。それでも、今、できることを「できる範囲」でやるって事ですね。その為に「頑張る」って意識はあまり無く…(頑張っちゃうと意地がムクムク来そうな気がしますし、意地を貫き通せない自分を否定してしまいそうですから)。その事で、自己肯定ができるようになれば、そして、今「意地」をもっている事については、なんとか続けて行きたいと思っています。
 うつになって失ったものは、仕方ないですが、うつになって得たものは大きかったように思います。こうして、自分を見直して、人生観まで変えてもらったわけですから。

本来は「普通」なんでしょうが

 今まで「最後までお読み頂きありがとうございます」と書いたことがありませんでしたね。今回は、独り言の延長みたいなもので…、本当に最後までお読みいただいた方がいれば、心から感謝します。今後ともよろしくお願い致します。

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