うつと言われた日
精神が壊れた日
今回は、若しかしたらメンタルが壊れたかも?と思った時の対処を私の経験で話したいと思います。
私が勤めていた会社では秋になるとストレスチェックが行われていました。その年の2年前、ストレス過多でもあり、チェックに引っかかりました。すると人事部から産業医面談を受けるように言われ、その産業医のクリニックを訪問しました。
ところが産業医の専門は内科です。心療内科では無く内科。暫く待合室にいたのち、呼び出されて診察室へ。そして人事部から渡されていたペーパーを見て医師が言ったのは「ストレスでうちに来られても…。分からないんだよね。上司と相談してみてください」との事。
帰社して人事と上司に報告。私もですが、余りにお粗末な見解に笑うしか有りませんでした。
そして2年後の春。私には合わない仕事を振られました。その前に一年半かけて来た大きな案件を落としていたので、既にメンタルは崩壊寸前だったのでしょう。その上、苦手な仕事を振られ崩れかけていたメンタルが音を立てるように崩れ落ちたのです。当時はリモートワーク全盛の真っ只中。だからほぼ在宅勤務。会話の相手は他部署の人間。質問をすれば「言ったよね」「そう言うもの」。私からすれば言われてない事を言ったことにされ、不合理な事を整理しようとしても取り付く島もありません。そして何日かして、彼の話が理解できない。いや、理解を拒否するようになって来たのでしょう。すると、電話の向こうで叱責が飛んできます。そしてプロジェクトのリモート社内全体会議。
そこで私に質問が来ることは分かってましたし、自分では真剣に聞いていました。しかし、質問の言にも「うっちーさん!?」と言う呼びかけにも、反応する言葉が出ません。口から出たのは「はい」と、ギブアップと感じて「済みません。体調が悪いので退席させてください」の二言が精一杯でした。
この時です。メンタル壊れた!と実感したのは。震える指でパソコンで社内ポータルに掲示されているメンタル相談の窓口を調べ、直ぐに電話をしました。
プライドだけは高い会社だから、それなりの相談センターと契約してるのかと期待しましたが、電話は厚労省に繋がります。そして、応対者の質問に答えます。その時の心象風景を含めて説明しました。結果は「すぐに専門医。つまりは心療内科か精神科の受診をしてください!」でした。
その時のインパクトは「これで休める」「精神科か」「ま、すぐ治るだろう」「でも、口調は焦ってたな」と言うのが記憶に残っています。そして、この4つの要素のうちの4番目「でも、口調は焦ってたな」が時間と共に心を占めてきます。言い換えれば自分が焦ってくるんですね。
この電話の後、帰宅をした妻に「精神科を受けると思う」と話しました。彼女も色々と調べてくれましたが、中々、即予約が取れるようなところが見つかりません。めぼしいところは「1週間待ちですね」と言う返事でした。これで焦りが更に増してきます。結果、一箇所だけ見つかったクリニックを受診することになりました。
メンタルクリニック、メンクリとも言いますが、予約から2日後が初診だったと思います。そのとしが何年だったかは忘れがちですが日付だけは忘れていません。6月10日です。最初は血液検査。恐らく男性更年期障害と精神症状との区分けの為だったと思います。そして男性にヒアリングをされます。後に彼がソーシャルワーカーだと解りますが、彼も厚労省の窓口と一緒で「結構、悪そうですね」と言う所見を述べていました。そこから医師の診察です。医師はソーシャルワーカーからのヒアリングを踏まえて言った言葉は「うつですね。診断書は急いで書きます。会社に提出して休職してください」と言われました。
厚労省に電話した時の「休める」と言うのとは逆で「休まなきゃならいの?有給でちょこっとじゃなく休職?!」というビックリでした。結構なインパクトを受けながら、確か朝の散歩、規則正しい生活、出来るだけ休息を取るように指示がされた記憶があります。
薬局に寄って薬を受け取ると、帰宅して妻に報告。そして人事部に連絡をします。その返事は「現場には理由は説明しません。しかし手続きが必要なので可能ならば、明日、来社して診断書と申請書を提出してください」と言うものでした。
そして休職
正直、会社に行く気力は無かったのですが、行かなきゃ引きこもってしまいそうだったので時間の約束をして、その日は寝ることにしました。
翌日、申請書と診断書を提出し、復職の際の注意事項を聴いて休職手続きは終了。会社から貸与されたものはPCも含めて自己管理という事で、重たい思いをして運んだノートPCは持ち帰りました。そしてiPhoneも。
翌日からは、朝の散歩を日課にしました。大凡2キロ。今から思えば、結構歩いてます。が、時間が掛かるのです。2キロなら概ね20分。掛かっても30分で充分です。しかし、1時間以上掛かっていました。それだけ歩くスピードが落ちているのです。
うつの診断を受ける前から、他人よりも遅くなっている気がしていたのですが、明らかに遅くなったことに驚愕です。
そして、何日かすると薬の副作用なのか、変化が現れてきます。散歩コースにミニスーパーがあるのですが、そこに立ち寄って1リットルの豆乳が堪らなく飲みたくなるのです。豆乳って小さな紙パックで充分だと思うのですが、これを一気飲みしてしまうのです。自分でも異様だと思ったのですが、でも堪らなく飲みたい、そして美味いのです。
ただ、食欲は殆どありません。妻が作ってくれた食事にも少し箸を付ける程度で終了です。
眠るにも眠剤が必要。この当時、近所のファミレスでブログやサイトを書くようにしていたのです。理由は引きこもったら、自分を鬱に追い込んだ連中の思う壺だと思ったからです。でも、殆どドリンクバーで完了です。物欲もなし、家にいれば当たり前に座っていたテレビの前にも座っていることができません。うつ病に関する長文のサイトを見ていても、途中でギブアップ。
他に興味が全く湧きません。ただただ生きているだけです。この当時、強く印象に残っているのが夢です。夢といえば、一定のストーリーが出来ると思うのですが、この当時は、まるでモザイクのように、一つの場面から唐突に全く違う場面に移る。まるでザッピングでもしているかのようです。気持ちの悪さだけが残りました。
そして、暫くすると今度は過食が始まります。今まではドリンクバーだけだったのにモーニングを注文し、暫くするとランチ、ここからが過食状態です。コンビニやドラッグストアに行って菓子やパンを買う。タバコが吸いたくなって外に出ると再び買い食い。これを何度か繰り返して5時頃帰宅。
うつの診断直後、内科医もびっくりするくらい、糖尿検査の数値が良くなっていったのもつかのま、あっという間に記録を更新していきます。もちろん悪い方にです。
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この続きは、次に。